2Dこそ次のPCのブレイクスルー?本当のwysiwyg を実現してよ〜
先日の「電子書籍の圧倒的解像度不足」に絡むが、3Dの著しい進化に比べて、2DはMacOSの10.4あたりと、Windows7でようやくGPUサポートの火蓋を切った程度で、1920×1200ぐらいから進化が止まっている。だがそれでもdpiにすれば100dpiも行かないレベルで、これなら20年前のPC-H98のハイレゾモードのほうがまだ「リッチに」描画に解像度を使っていた。まったくもって進化してないわけだ。
これだけ進化の速度が速ければ、wysiwyg (ほとんど死語になっているね)はもっともっと進んで、紙など不要になっていなければおかしい。
しかし、あいかわらずデジタルカメラの画像はサムネイルでしか画面に収まらないし、「デジタルカメラの画像をブログにアップするのに綺麗に縮小できる便利なツール」なんて話題がホットエントリーになったりしている。
おかしい。
30インチのモニタで4000×2250ドットぐらいが当たり前になっていてしかるべき。もちろんGPUのサポートで文字は美しくアウトラインで、アイコンもウインドウ枠もスムースに高解像度で表示され、増えたドットは詳細化ではなく美化にまわす。デジタルカメラの写真もVGAではなくXGAぐらいは縮小しなくても画面に収まる。
と考えると実は2D描画というのはとんでもなくリソースを食らう化け物なのではないか、と思える。
4000×2250ドット32bitフルカラーだと、単純にフレームバッファだけでも32MBでは足りない。アクセラレーションを入れても256MBぐらいは必要だろう。いまどきならユニファイドVRAMでもなんとかなりそう。逆にいえばようやく十分実現できる条件が整いつつあるともいえる。
パソコンの進化の余地がない?パソコンはもう不要?デスクトップは死んだ?
とんでもない。はじまってすらいない。
2Dを真面目にやればたちまちデスクトップのパワーと大きさが必要になり、ノートPCは根本からやり直しだ。iPadのようなデバイスを真剣にやりだすとデスクトップに回帰するかもしれない。
印刷を再現できるほどの解像度をモニタに求める。それは自然なことだと思うのに、実はちっとも進んでいなかった未開拓地なのではないか?