裁判員制度の効能はまさにこういう事。

弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」
・【神隠し公判】裁判員制度を意識し判例提示 死刑選択はあるか?
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20090127

僕自身は裁判員制度そのものが良いとは思っていない。でも、こういう事(下記引用)があると、法曹界の自浄作用が期待できない以上一定の効果はあるんじゃないかと思う。

プロの裁判官には「釈迦に説法」の過去の判決をあえて説明した背景には、(1)死刑判決を求める検察側の強い意思を示す(2)裁判員裁判で“素人”が量刑を判断する際の基準を示す−との事情があったとみられる。

そう、まさにこういう点。これが裁判員制度の効能。

弁護士も検察も裁判官も、メディアにでも出ない限り、通常の裁判では内々で腹とカードはわかりきっていてロクに説明なんかしないから、参加している被告もその家族も被害者の家族もなにもわからないまま、どんどん進んでいく。弁護士に「まあ、こんなもんですよ」と言われたらこっちはもう引き下がるしかない。正直もっと過去の判例からいけばもっと軽い罪で済むんじゃないのjk?と思うこともあるし、もっと相手に重い処分だろjk?ということもあった。ただ「相場」がわからんね。まあ殺人まで行けば市民でも多少「相場」感覚はあるだろうけど、相手にけがさせて懲役の何年が相場なんてのは実は被告になった当事者にもさっぱりわからない。

まあ、あれだね。郵政民営化のとき「このままじゃ民営化されちゃう!」という危機感があった郵便局のサービスが非常に良くなったのを思い出すね。

だから正直「市民が参加すること」自体はどうでもいいのよね。ただ、馴れ合いで緊張感のカケラすら持たなくなった法曹界(メディアに取り上げられた事件以外)にナイフ突きつけてる効果は出てるな、と思う。

あんたらにとっちゃ相手がシートベルトしてないのが悪い(とこっちは思う)軽傷の人身事故なんて点数稼ぎしでしかないんだろうけど、懲役2年ってあんた、こっちは人生かかってんだよ!ともいいたくなる。

なので裁判員になったとしても自分の役割はプロの法曹連中に「ちったあ緊張感もってまじめにやれ!」と監視することだと思ってる。あれだ、座禅で坊さんがビシっと打つやつ(警策というらしい)

ある意味、裁判員制度がもっとも効果を発揮するのは実際に始まるまでの法曹界の引き締めだろうね。ブラフじゃ緊張しないだろうから。

だからね、本当は重大事件はどうでもいいのよ。メディアの目があるから法曹界も緊張する。もっと軽い裁判、懲役1〜10年までの相場の裁判、こういう内々シャンシャン裁判にこそ市民を参加させて欲しい。重大事件はプロがやる、でいいんじゃないの?逆だ逆。
警察官のひき逃げとか詐欺とか、公務上の不祥事とか。

・追記
裁判員制度だが、裁判員が参加するような裁判がどの程度おこなわれるのかさっぱりわからない。全部の刑事裁判に参加できる訳じゃないんでしょ?まず、この段階でかなり恣意的に選別される気がする。

もっとも危惧するのは「マスメディアに注目されて法曹界の緊張が強いられる裁判」だけ「裁判員制度」を盾に使い自分たちのせいじゃないですよ〜と逃げをうち、本当は裁判員が出てきて鉄槌を下すべき裁判には呼ばない(身内の不祥事とかね)、またマスコミに出ない裁判には裁判員は呼ばずシャンシャン裁判でラクをするという構図が予想できる。

というか、オレが裁判官側ならそうするね。ラクだもん。