ガンダム00のグダグダが大変なことになってきました。

もうどうしようもないグダグダ展開になりつつあるガンダム00だが・・・なんというか、お話の作り方が根本的にこんな感じで進められているとしか思えない。

  • 監督「あ〜、コーラサワーどうしようか」
  • 製作P「劇的な死とみせかけてあっさり、というのがガンダムっぽいリアルだよね。ギュネイみたいにやっといて」
  • 監督「ハイハイ」
  • 製作P「やっぱり可愛い女の子でも死ぬのがガンダムっぽいリアルだよね」
  • 監督「じゃあ、とりあえずクリスあたりでも・・・」
  • 製作P「最後は世界を変えようとした二枚目っぽいキャラがボスなのがガンダムっぽいリアルだよね」
  • 監督「じゃあ、アレハンドロをモビルアーマーで」

まあ「きっとこうこうのが見たいだろう」というシーンからシナリオを逆算するということは、まったく否定しないんだけど、それに至る過程があまりに唐突過ぎて「ポカーン」というのが今の感想。今までのお話は何。太陽炉とイオリアの理想は? サクっと死ぬのはかまわない、せめてそこに至るまで手に汗握る展開を見せてくれヨ!「ものすごく今まで活躍してきたキャラクターが」サクっと死ぬから、「サクッと死ぬ」が印象に残るんだ。全然活躍してない奴がサクっと死んでも「ああそう」で終わっちゃう。富野っぽさというのは結末に至る寸前で飛び交う会話に魅力があるんだ、ガンダムセリフとして残る最後のセリフはその象徴に過ぎないんだよ!印象に残っている「要素」だけチョコっとツマミ食いしようとしても実は全然伝わらない。そこに至るある意味つまらないシーンが非常に大きい意味があるんだ。上滑りもいいところだ。

ガンダムは富野氏以外「自分のもの」という感じはしないだろうから、監督が徹底的に遊ぼうとしない限り(Gとか、0083とか) P(バンダイとかプロデューサーとか売る人関連)の意向が大きいと思われる。水島監督は「俺がガンダムだ!」と言わんばかりに押し通すタイプではなく、淡々とわりと素直にその辺やっちゃう人なのかもしれない(初代「ガンダム」はまず「プロデューサーの言うことに従うフリをしつつ自分のやりたいことをやってしまった」結果という成り立ちだったようだ)

P(個人ではなくひっくるめた総意)が「俺がガンダムだ!富野などしらん!」ぐらいの勢いがあればまた変わったんだろうけど・・・

ある意味、シナリオが崩壊して作画にまで影響与えた(何を描いていいのか分からないのが作画にとって一番辛いはず)SEED DESTINY はまだ「悩んでいる感じがある」ぶん、それなりに人間味があったのだが、00は答えをササッっと出してスケジュールは遅らせないのがプロっぽいけど、悪いプロっぽさを感じる。

不思議なのは「ガンダム」はバンダイを筆頭に関連ビジネスを手がける会社からすれば大黒柱ともいえる中心コンテンツ。他のアニメとは「格が違う」はず。にもかかららず「途中で切羽詰って適当に流し始めたヤッツケ」感が漂うシナリオに突入してしまうのはなぜなのか。世界設定やキャラクター、デザインなどは相当頑張って練りこまれており、製作スタッフ、資金も万全の余裕が感じられる。それなのにストーリーだけいつもいつもどうして・・・

せめてシリーズ構成、これほどの看板作品ならさらにシナリオとコンテは万全に書きあがって吟味してから取り掛かれないものなのか?もちろん放映し始めてからあっちこっち修正したい、修正しろの圧力がでることは考えられるが、そういう修正とはまた違う感じがするんだよねえ、見切り発車というか。見切る部分があまりにも間違っている気がする。京アニの作品をみてもいつも感心するのはシナリオの途中修正の迷いが極めて少ないことだ。もちろんらきすたみたいにディテールで迷走する部分はあるかもしれないが、シリーズ構成での迷い、焦りは殆ど感じない。だから安定感がある、と思うのだが(まあ、原作つきしかやらないという点はあるにせよ。だからこそオリジナルで勝負できるガンダムには期待するのだが)
とにかく続けることになっているようなギャグマンガとかジャンプ系引き伸ばしはまた別として。

「じゃあオマエはどんなのが見たいんだ!対案を出せ(笑)」と言われそうなので、稚拙ながらも勝手に考えてみるテスト。こういうネタは最終回を見る前に出さないと・・